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あら、あらら.....




写真 2015-01-27 11 07 29

外国人が、イタリアに住むために必要な物。
そう、それはpermesso di soggiorno(滞在許可書)です。
実は我家、このpermesso di soggiornoをcarta di soggiorno(無期限滞在許可書)に変えようと、水面下で動いておりました。
無期限滞在許可書にすると、更新しなくてよくなったり、外国人であるという縛りが少し減るからです。
忍耐の国イタリアで、忍耐を持って少しずつ前に進んでおりました。
どこかでは思っていました、夫も私も。

「怖いくらい、順調だ。(イタリアなのに!)」

今日、Qustura(警察署)に指紋を取りに行きました。
大きな落とし穴がソコに.....
無期限滞在許可書取得の条件のひとつ、5年イタリアに住んでいること!
夫も、私も学生時代から数えると、6~7年イタリアに住んでいました。
しかーし、夫は今の仕事に就く時に、学生から労働ビザに切り替えるため、日本で新しいビザを取得しています。
私は、私で、結婚の時に学生時代の滞在許可書の期限が切れています。
私たちの学生時代の年数は、カウントされないことが判明し、まだ無期限滞在許可書を取得する資格がありませんでした。
はい、フライング夫婦でしたね。
でも、ソレはソレです。
夫は、日本で労働ビザを取得する時、すごく頑張っていて、それ以外に方法がなかったし、結婚だって、きちんと学校終えてからが筋だと考えていたので、そういうことです!

今の私は、今の日本を思うとき、とても悲しくなります。
いろんな思いが交錯して、悲しく日本を思ってしまうことが、一番悲しかったりします。
そして今日、外国で外国人として生きていくことを考えさせられました。
警察署のトイレが汚すぎて、おばちゃんが「私たち外国人には、トイレも用意されてないのか!」と怒っていたと、夫も用を足すのを我慢して(さすがの夫も汚すぎて、できなかったらしい)言っていました。

ふーっと思い、外に出て、早咲きの桜を見つけ、なんだかフツフツとやる気が沸いてきたフライング夫婦の妻の方です。

「ふっ、この桜もなかなかのフライング具合じゃないかい。」

何でしょう?
久しぶりに感じる種類のやる気です。
着実に行きましょう!と意気込むのであります。


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色の三原色




P1040868.jpg

「色の三原色」を習ったのは、小学校だったのか中学校だったのか、そんなことは忘れた。
でも、習った時の衝撃はまぁまぁのものだった。
たった3色で、色のほとんどが作られてることが私の世界を変えた。(光の概念は抜きで)
そう、
世界は単純で、だからこそ複雑なのだと。
世界が複雑だけど、本当は単純なのだと。
私は黄色が好きだった。
色鉛筆も、クーピーも、クレヨンも、絵の具も黄色が一番に減った。
そして、緑色とオレンジ色が好きだった。
私の好きな緑とオレンジは、感覚的に言えば真逆の青と赤が黄色の一滴で出来た色。
(笑、緑とオレンジも真逆なのかもしれないけど)
相容れない色なのだろうか?
自然界には、緑とオレンジが織りなす素晴らしい景色がある。
紅葉なんて、最たる代名詞だろう。
青と赤が織りなす素晴らしい夕空がある。
逆が混ざり合うから美しさが増すことを、世界は私に教えてくれる。
イタリア人と日本人は真逆だと思う。(笑)
でも、イタリアも日本も同じ悲しみや苦しみを負ってる人は数え切れないほどいる。
文句から、
否定から、
諦めから、
生まれるものはあるのだろうか?
どうか、混ざり合うことから始めてみてはどうだろうか?
あなたが青で、あの人が赤なら、私は黄色の一滴なりたい。
柔らかくグラデーションで混ざっていくことは、実はすごく美しいことなんじゃないだろうか?
そこから新たな色が生まれ、世界はどんどん色に満ちていく。
賞賛から、
肯定から、
小さな一歩から、
生まれるものは「愛」だったりしないだろうか?



不器用な手



「バイオリンを作ってるんです。」と言うと、よく「あらぁ、器用なのねぇ。」と言われます。
その時の答えは決まっています。
「いえ、不器用なんです。」
そうすると、「まぁまぁ、ご謙遜を。」的な会話になます。
謙遜美学の日本人の私ですので、もちろん謙遜な話をすることもあると思いますが(と、勝手に思ってますが!)、手先の器用さ不器用さの話で言えば、冗談抜きに不器用です!
不器用逸話は、山ほどあってここでは書き切れない程ですが.......
例えば、右利きの私ですが、泡立器での泡立て方が時計回りでなく、逆回りなんですね。
小さい時に、そうやって覚えて訓練してしまったので、疲れた時だけ時計回りで泡立てます。
とっても力のかかる効率の悪い泡立て方です。
要は、体の使い方をよくわかってないってことなんです。
いいですか!世の中の器用と気がつかず器用に過ごしてる皆さん!!!
器用と言うのは、初めて渡された道具に対して、頭と体(手)が瞬時に理解し、効率の良い正しい使い方を自然とできてしまうことを言うのですよ!
器用な人は、自然とソレができるので、器用と気がつかないのです。
私はねぇ、できないんですよ、ソレが。
私は、この小さくて不器用な手がコンプレックスでした。
でも、今、バイオリンを作っています。
たま〜に思うんです。
もっと自分が得意なことがあったろうに......って。
バイオリンを作るって、たぶん皆さんが想像する3倍くらいの精密さと手間が要求されます。
あらゆる木工技術が詰まっているとも言われます。
なのに、私はこの場所だったんです。
今でも、”こんな私に作れるのだろうか?”ってひとつひとつの過程で思います。
他のバイオリン職人と比べたら、自分の不甲斐なさを痛感して、何もかも終わりになってしまうでしょう。
でも、ありがたいことに、小さいときから”他人は他人、自分は自分”が身に沁みていた私にとって、そんなことは関係ありませんでした。
私のコンプレックスだったんです。
手先の不器用さは。
だけど、私がずっと追い求めているもの、捨てたくても捨てられないものは、バイオリンを作ることなんです。
結婚して、夫の庇護の元(結婚する前は、母の庇護の元)、やらせてもらってるのは重々承知です。
ぬるい環境だと、あまい環境だと、なじられても当然です。
でも、申し訳ないですが、我を通させていただきます。
それが、武内実穂であったし、曽我部実穂なので!
私は思うんです。
本当は、とっても苦手なことに足突っ込んでるなぁって。
だけど、私が不器用な手の持ち主だったから、今も私は消えない炎を持ち続けられるんだって。
あんなに、嫌いだった小さくて不器用な手が、今では愛おしくてたまらないです。
今でも、この手はコンプレックスです。
でも、それと同時に私の最大の誇りでもあります。

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聖書塾




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先日、ミラノで中川健一牧師による聖書塾が開催された。

私の両親はクリスチャンで、日曜日に教会に行くのも、お祈りをするのも、聖書を読むのも、あたりまえの人生だった。
今使っている聖書も、小学校入学のお祝いに両親からプレゼントされたものだ。
そう思うと、27年間のお付き合いということになる。
もちろん、その27年間で何度も何度も放り出したり、しまいこんだりしたが......。
そんなにも一緒に過ごしたこの本は、正直、いつだってフワフワしてて、ピタッとパズルがはまってくれないものだった。

私は、バイオリンを作っている。
バイオリンの輪郭はすべてカーブでつながっている。
外に膨らむカーブ、内にへこむカーブ、これらのつながりで成り立っている。
そこに1mm、0,1mmの直線があってはいけない。
バイオリンを作り始めた頃、先生に指摘される直線(形の不具合)を自分が見つけることはできなかったし、先生に指摘されても、どこに直線の部分があるのかわからなかった。
そして、私の目でミリ単位のズレを発見できるようになるとは思えず、途方に暮れていた時代もあった。
でも、何年か経って、何台か作って、ある日、自分の目でそれがわかるようになった。
あの時の喜びと感動は、今でも心に残っている。
自分の成長を感じられた。(基本、自信のない性格なので、そういう経験は少ない。笑)

聖書塾のレポートを書くため、テキストの本を読み、レポートをまとめる作業。
そして今回の講義。
今、私の中で、バイオリンの輪郭を自分で理解することができたあの時と同じ喜びを感じている。
同じ聖書を読んでも、まったく別の見方で、もっと生き生きと意味を持って自分に突き刺さってくる。
なんとも嬉しく、楽しいことだ。
11月に開催される2回目の講義に向けて、レポートを頑張ろうと思う。
ただひとつ心配が......愛用している赤青鉛筆が最後のレポートを書き終わるまでもってくれるだろうか?(苦笑)
イタリア.....赤青鉛筆売ってるんだろうか?



4年目の夏




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昨日は、あれから4年目の夏だった。
去年あたりから、彼女の月日を数えることに疑問を抱きつつ、それでも数える自分がいる。
彼女を思い出すと、とっても優しい気持ちと、とてつもない悲しみの両方が私の心にやってくる。
でもいいんだ。両方、本当の気持ちだからそのままを大切にしたいんだ。
昨日はちょっとだけ泣いた。
そして、彼女に届くよう、いっぱい笑った。

「きみを忘れないータイムカプセルー」 さだまさし
きみを忘れない 生命のある限り
哀しみも喜びも 永遠の
タイムカプセルに詰めて

遠い記憶の中で きみは今も僕に
笑いかけてくる
とても懐かしくて とても暖かくて
切なくて 悲しい笑顔で

さよならも言えずに別れた
あの花の降りしきる季節に

きみを忘れない 生命のある限り
指先の温もりも やわらかに
僕を呼ぶ声も

長い長い手紙を きみ宛のラブレターを
描き続けてる
とてもささやかで とても苦しくて
不思議で 美しい人生

いつの日か きみに会えたときに
胸張って生きたと言えるように

きみを忘れない 生命のある限り
愛おしく 愛おしく 愛おしく
きみを歌い続けて

さよならも言えずに別れた
あの花の降りしきる季節に

きみを忘れない 生命のある限り
哀しみも喜びも 永遠の
タイムカプセルに詰めて
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